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日本の敬語の文化は嫌いじゃないですが、「過剰な敬語は、丁寧さよりも分かりづらさが際立ってしまうよなぁ」と感じることが結構あります。
 






















例えば、「~したい」ということを伝える時に、「~させていただければ、とても嬉しく思います」みたいに言うと、丁寧にはなるかもしれないけど、同時に、かなり回りくどい言い方になる気がする。

「私は~したい」と言えば2~3秒で済むことなのに、これだと、その倍は時間がかかりそうだし。



















まあ、この例は、まだ、意味が崩れていないけど、場合によっては、もっと長くなって、結局、何が言いたいのか分からなくなることもある。
 

「~はできかねます。ご容赦ください」とかも、いきなり言われると言葉の意味を考える手間が出てきます。

「『できかねます』って、どういう意味だったっけ?」的な。


これだって、結局、言いたいことは「それはできない。許せ」なのだから、意思を伝えるという意味では、このまま伝えてしまった方が伝わるのではないかと思います。





















さっきから例が若干ずれている気がするけど、続けます。

多少、敬語が分かりづらい程度なら、まだマシですが、場合によっては、問題が起こった時、その問題の改善案を出すのではなく、やたら丁寧な敬語で謝罪を繰り返すばかりで、よく聞くと改善案なんて出していないことも結構ある気がする。


個人的に、これは許せない。




















つまり、何が言いたいかというと、敬語でごまかすのは良くないんじゃないかなということ。

何か問題が起こったのなら、その問題を改善し再発防止に努めるのが大切なのであって、その時に丁寧な言葉(敬語)を使うか否かは関係ないということ。



たしかに、敬語は出来ないよりは出来た方が良いと思います。
しかし、本当にやるべきことをやらず、バカ丁寧な敬語で逃げ続けるのは違うと思う。




















今年度、このようなことを感じることが、やや多かったので、こうして記事にしてみました。

社会に出たら、こういう人は多いのだろうか?
個人的には、やるべきことをやってくれているなら、多少、言葉遣いがアレでも許せますけどね。

まあ、すっごく馴れ馴れしく接してきたりしたら、ちょっと付き合い方考えますが。某イ○ティライミ的な(偏見)。 




















ちなみに、冒頭にも書いたように、私は敬語そのものが嫌いというわけではありません。
みんながみんな、若手女性モデルやアメリカ帰りの人のようにタメ口ばりばり(偏見)だと、それはそれで、抵抗はあります。


ほどほどに敬語を使う。
相手が敬語を上手く使えていなくても、気にしない。
敬語より、本質的な部分を見るように心がける。


個人的には、このように気をつけたいな、と思いました。
実際、私も敬語に気を取られて、本質的な部分を見失ってしまうことが多いので。




















過剰に敬語を使うのはどうかと思うけど、かといって、「敬語は消えろ」とも言いたくない。
むしろ、消えてほしくはない。


なぜかって?


かわいい子が敬語使ってたら萌えるじゃん。





だから、これからも敬語文化は残ってほしいものだ。


 


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